戸惑う暇もないくらい
「那智?」
「ちょっと待ってて」

リビングを出た那智は寝室に向かったかと思うとすぐに戻ってきた。
私の隣に膝をついた那智はどこか緊張したような面持ちで、真っ直ぐに私を見つめた。

「葉月、こんなタイミングが正しいのか分からない。でも、今渡したい」

そう言って那智は私の目の前にベロアで覆われた小さい箱を差し出した。

「え…?」
「葉月、開けて」

言われるままに受け取り、そっと箱を開く。

そこには、光を反射してきらりと輝く銀の輪が収まっていた。中央には台座に収まった小さくも強く光る石。

「那智、これって…」
「葉月と、これからも隣でご飯を食べたい。何気ない些細な日常をずっと、二人で過ごしたい」

言おうとしていた言葉を那智の口から紡がれて胸がいっぱいになる。


「葉月、俺と結婚してください」


涙が溢れて思わずうつ向いた。
嬉しくて、言葉にならない思いが涙と共に込み上げる。
肩に触れた那智の手が優しくて、深く息を吐いて顔を上げた。

不安そうな顔。
答えなんて決まっているのに。

「…はい、私で良ければ」

その瞬間強く抱き締められ、肩口で那智がほっと息を吐くのが分かった。

「良かった…」
「ほんとに、私でいいの…?」

小さく呟くと那智が顔を上げ、至近距離で目を合わせた。

「俺は葉月がいい。これ以上ないくらい、葉月のことを愛してる。出来るだけの力で葉月を守って幸せにする」
「那智…」

真剣な眼差しは力強く輝いた。
ふ、とその表情が和らぐ。

「俺と一緒に、生きてほしい」
「うん……っ」

また涙が溢れるのを那智が指で救ってくれる。
そして私の手に収まっていたままの箱に触れ、指輪を取り出した。

「左手、貸して」

少し震えそうになる手をゆっくりと持ち上げる。
那智の左手が手のひらを支え、右手に持った指輪をゆっくりと薬指に嵌めていく。

ぴったりと収まった指輪に、嬉しいような気恥ずかしいようなくすぐったい気持ちになった。
同じタイミングで目を合わせた那智も同じことを思ったのか、二人して笑い合って抱き締め合う。

いつものリビングにお風呂上がりのパジャマ姿、化粧もしていない顔。食事はレトルトのカレー。

何気ない日常を一緒に過ごすことができる幸せ。
その幸せを、同じように共有できる那智とこれからも生きていく。

そう思うだけで、目の前が開けて見える。
これからも支え合っていきたい。

「頑張って、那智に想いを伝えられるようにするから…」

もう不安にさせないように。
そう伝えると那智は優しく笑って言った。


「大丈夫。戸惑う暇もないくらい、俺が葉月を愛し続けるから」



-fin-

< 34 / 34 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:48

この作品の感想を3つまで選択できます。

この作家の他の作品

恋愛上手な   彼の誤算

総文字数/8,614

恋愛(オフィスラブ)17ページ

表紙を見る
バレンタインに愛を込めて

総文字数/1,000

恋愛(オフィスラブ)3ページ

表紙を見る
インモラルな唇を塞いで

総文字数/24,083

恋愛(純愛)22ページ

表紙を見る

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop