強引年下ピアニストと恋するカクテル。
「あ、紀本先生なら知ってるかもしれないよ」
「私も微かに記憶があるぐらいだからねえ」
何の話か分からず首を傾げると、事務長がネコを撫でていた手を離し、私を手招きした。
事務長は私がここでレッスンを受けていた時の先生だ。
今はやさしいおばあちゃん事務長だが、昔はスパルタで練習予習をサボると鬼の角を生やしで怒鳴られていた。泣きながら練習したことだってある。
その事務長が、おっとりした口調と動きでテレビを指差した。
「蒼村 怜也(あおむら れいや)くんって覚えていますか?」
「蒼村怜也って」
その名前に、体中が真っ赤になるんじゃないかってぐらい血が沸騰するのが分かった。
「知ってるに決まってるじゃないですか! ここに数カ月在籍してましたよね!? 天使のような少年! 神が乗り移る指先! 国際音楽コンクール最年少受賞! 確か来年から世界ツアーするって噂の!」
私が早口で興奮気味に言うと、事務長は目を丸くした後苦笑いを浮かべた。
「あの子が天使ねえ」
「その方がどうしたんですか?」
「日本に来てるんですよぉ、ほら」
大学生の、事務バイトの女の子がテレビを指差した。