強引年下ピアニストと恋するカクテル。


(そりゃあピアニストから言わせれば、才能がないとか当たり前かもしれないけど)
けれど、私の警戒を余所に彼の反応は違ったものだった。
「お前が才能ないわけないだろ。馬鹿なこと、二度と考えるんじゃねえ」
(え?)
意味が分からず戸惑う私に、彼は自分のスーツの上を脱いで肩にかけてくれた。
ベスト姿の彼は、やはりどこに居ても目を惹いてしまう美形で間違いない。
私も嫌いだと思いつつも、その不機嫌な顔に一瞬見惚れてしまっていた。


「何をボケっとした顔で俺の顔を見てるんだ」
「え、や、ありがとうございます」
「んだよ」

「ピアニストにそんな事を言われても、なあっと」
「は? お前、あのピアノ教室で指導員してるんだろ? 天職じゃんか。俺を支えてくれた言葉は、アンタじゃないと駄目だった。アンタの言葉は嘘はない。真っすぐで、熱心で不器用だからこそ教える場所を的確に見つけられる。アンタだからこそ、できる才能だろ」
「きゃっ」
再び引っ張られた私は、手すりの傍まで引き寄せられると、左右に彼の手が伸びてきた。
手すりを両手で掴み、私はその真ん中でどうしていいのか分からず、彼を見上げるしかできない状況だ。
見上げた彼の顔は、不機嫌なのは不機嫌なんだけど、ちょっと苦しそう。
辛くて苦々しく顔を歪んでいる様な感じだ。

「お前が俺にピアノの面白さを教えてくれたんだ。お前がいなきゃ俺の方がピアノを止めていた」
動揺する私に、彼は苛立つ様子で手すりをぎゅっと更に強く握りしめた。
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