強引年下ピアニストと恋するカクテル。


怒鳴られたけれど、今回は怖いとは思わなかった。
先日の行動も、私が原因だったのと注目されるのが恥ずかしかったのかもしれない。

「……だから、向いてないとか言うなよ。あんたは誰よりも向いてる。俺が保障する。あんたの飾らない正直な言葉は、きっと誰の心にも響く。正直な言葉で生徒とぶつかればいいんじゃねえの?」

ぶっきらぼうな彼の言葉が、今はとても優しく感じた。
優しくて、ピアノの音色のよう。
指先の力だけで強弱がつくように、気持ち一つで言葉の伝わる意味が変わってくる。

「ふふ。ありがとう。貴方も素っ気なくて飾らない言葉だけど、嬉しくなる」
「ふん。別にあんたに貰った嬉しい気持ちを返しただけだ」
けれど、再び腕を掴まれるとすぐに手を離し、今度は優しく手を握ってきた。

「またあのBARで演奏してやる。一回弾いて終わるけど、あんたの為に弾く。リクエストは?」
「え、あの、じゃあ――」
リクエストを伝えると、彼は嬉しそうに笑った。
どこか無邪気な子どもの面影を残しつつも、その笑顔は誰もが虜になりそうに魅力的だった。
「じゃあ、絶対に約束だぞ、いつがいいか決めろ。俺は来月にはまた拠点のロサンゼルスに戻らなきゃいけないし」
「え」


戻る――。
その言葉に一気に夢から覚めてしまいそうで目の前が真っ暗になった。
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