鎖骨を噛む
朝食を終えて、健司にシャワーに入るように勧めた。
「いいの?」
「いいよ。っていうか、昨日入ってないでしょ?」
健司はバスタオルを受け取って、シャワーを浴びに行った。その間に、私は食器洗いをした。すぐ後ろで健司がシャワーを浴びている音が聞こえる。そういえば、誰かがこの部屋に来たこともなければ、シャワーを浴びに来たこともない。あの中国人留学生で同じバイト先のリャンさんでさえ、私の家に一度も来たことがない。好きな人がシャワーを浴びる音をBGM代わりに食器洗いをするって新鮮。まるで、新婚夫婦みたい。
そんなわけないのに、そう感じる。
健司はバスタオルを頭から被って、上半身裸で出てきた。
「ありがとう。いやあ、さっぱりした。」
洗い髪をバスタオルで拭きながら、私に背を向ける。ゴツゴツとした背中が逞しく見える。思わず抱き着きたくなる。でも、そこまではできない。一歩踏み出せばきっとできる。でも、できない。一歩踏み出すことはいつも勇気のいることで、踏み出そうか、踏み出すまいかは、端から決まっている。それにああでもない、こうでもないって理屈をつけて、勇気を殺しているだけなんだ。今の私は、抱き着かないって決まっている。でも、抱き着きたいんだけど、抱き着いちゃったら相手にどんな反応されるかわからないから、結局抱き着かないって結論が、あの背中を見た瞬間から出ていた。