鎖骨を噛む
健司と付き合っているって証が欲しい。だからと言って、口だけの「好き」なんかいらない。キスなんかじゃ物足りない。決定的な何か、証が欲しい。
そう思いながら、髪を乾かし終え、のれんをくぐって、待合室に向かった。健司は既に出ていて、マッサージチェアにもたれかかって、目を細めていた。
「気持ちいい?」
「うん。なんか身体の力が抜けていく感じ。」
「私もやろっかなー。」
健司の隣のマッサージチェアに座って、スイッチを入れた。なるほど、これはいい。肩、腰、足をローラーがゆっくりゆっくり揉みほぐしてくれる。
「これで気持ちよく感じる私っておばあちゃんだよね。」
「じゃあ、オレはじいさんか?」
「おじいちゃんだね。目を細めている顔が、おじいちゃんっぽい。」
「結構傷つくよ?」
「いいじゃん、別に。私もおばあちゃんなんだし。」
テレビを観ると、カープが2点差で勝っていた。番台を見ると、番頭のおじさんが貧乏揺すりをしていた。おお、苛立ってるなー。よっぽどコアなファンなんだろうなって思う。
番頭のおじさんと目が合った。睨み付けられた気がした。私は健司のシャツの袖を引っ張った。
「何? どした?」
「そろそろ帰ろ?」
「カープは?」
「家で観ようよ。」
「りさの家、テレビないじゃん。」
「そんなに観たかったらスマホで観ればいいじゃん!」
私は無理矢理、健司の袖を引っ張って、番頭のおじさんを視界に入れないよう、逃げるようにして銭湯を出た。テレビの歓声と番頭のおじさんの「よっしゃ、よっしゃ!」という声を背中に受けた。