鎖骨を噛む
16 Love,too Death,too
鏡の前に立って、自分の顔を見る。やっぱりブサイクだなって思う。でも、こうやって鏡に映った顔は、左右が反転している。つまり、本当の私の顔は、私以外の人にしか見えていない。だから、自分で自分の顔を見て、ブサイクだなって思っちゃいけないんだと思う。映画の予告編だけを見て、これはつまらない映画だと決めつけるようなものだ。
髪をとかして、メイクをする。100均で買ったアイブローコートも使う。こうしてメイクをするとなかなかいい顔じゃないのって思う。でもこれも、鏡に左右が反転している状態で映し出された偽の顔で、自分で褒めることをしちゃいけない。好きなアーティストが不倫をして叩かれても、そのアーティストを擁護するようなものだ。
でも、この鎖骨に付いた歯形。これは別。鏡に映さないとよく見えない。昨日まではよく見えなかったけど、今こうして改めて見てみると、なるほど、くっきりと独りじゃないって証が付いている。自分の顔はせいぜい5分も見れば飽きてくるけど、この鎖骨だけは最低でも半日ぐらいは平気で見ていられる。それくらい独りじゃないってことは嬉しいことなんだ。
シャワー付きトイレを出ると、換気扇の下で健司がタバコを吸っていた。青いパッケージのタバコの箱が、黒いシャツの胸ポケットに入っている。灰皿代わりのペットボトルも未だ健在。
「ねえ、灰皿買いに行く? 100均で。」
「いや、これで充分だよ。それに、蓋閉めて、そのまま燃えるゴミに紛れ込ませたら捨てるの簡単だし。」
「うちの地域、ペットボトル燃えないんだけど……。」
「え? 吉祥寺は?」
「燃えるゴミなの?」
「わからない。船橋に住んでた時は、燃えるゴミで出せてた気がする。でも、確か指定のゴミ袋があったんだよ。」
「そういえば、実家は燃えるごみは、指定の黄色いゴミ袋だった気がする。」
「で、燃えないゴミが青だっけ?」
「緑だよ。」
「同じことだろ。青信号だって、どう見ても緑だけど、青信号って言うじゃん。」
健司はタバコをペットボトルに入れて、蓋を閉め、シャカシャカと振って火を消した。ジューッと火が消える音が耳に心地良く響いた。