鎖骨を噛む
いちいち細かい社員の男は、森田さんと言う。メガネをかけた30代後半くらいの人。
発注ミスが多くて、そのたびに、年下の店長にこれでもかってくらい怒鳴られている。今日なんて赤のボールペンを10本のつもりが、100本も発注してしまったのだから、そりゃ怒られるに決まってる。文房具屋じゃないんだから。
そのくせ、私たちバイトには、厳しい。ちょっと挨拶の声が小さいだけで、「もっと元気出して!」と言われる。接客業で元気なのはいいことだ。でも、よくよく考えてみると、夜、仕事終わりで自炊するのも疲れて、立ち寄ったコンビニで、大声で接客されるのは、煩わしくないのかな? 私だったら嫌だ。
あと、このバイトで嫌なこと。それは、名札に付いている「研修中」のマーク。研修中ってだけで、ちょっとレジで手こずったり、何かミスをすると、すぐにクレームが入る。中には、私に向かって、
「まあ、研修中だから、こんなもんだよな。」
と平気で言ってくるおじさんもいる。
この「研修中」のマークは、3ヶ月間取れないらしい。でも、バイト代は、「研修中」のマークが取れても、変わらない。なら、この「研修中」には、何の意味があるんだろう。そもそも、発注の仕方以外は、バイトを始めて3日のうちに研修されているし、もし、今、私が発注の仕方のレクチャーを受ければ、少なくとも、発注ミスの天才、森田さんよりはちゃんとできる自信がある。
どうせ就職先もないから、社員になってやろうかしら。そして、社員になって、店長みたいに、年上の森田さんを顎で使えるようにまでなってやろうかしら。いやいや、やめとこ。コンビニの店員で生涯を終えたくない。
じゃあ、夢があるか? と訊かれたら、ない。まだ探してる途中なのか、探している間に人生を終えてしまうかのどっちかだと思う。
やりたいことって、やれるかやれないかを区別した時に、生まれるものだと思う。やりたいことがない私は、興味がないんじゃなくて、純粋にやれることが少ないからやりたいと思えないんだ。
強いて言うなら、今すぐに家に帰りたい。21:00までは、あと30分。でも、この時間、仕事終わりのサラリーマンとか、学生とか多くて、21:00を過ぎても、レジに並んでいる客を捌き終わらないと、帰れない。