鎖骨を噛む
結局、21:10までかかって、やっと帰れることになった。
バックヤードでダサい制服を脱いでいると、佐藤さんが「お疲れちゃーん。」と入ってきた。ホント、その態度に疲れる。
「お疲れ様です。」
オーデコロンでも振っているのか、佐藤さんの周りが匂いのベールで包み込まれている。この匂い嫌い。トイレの芳香剤みたいで、すっごく臭い。
「りさちゃん、これから、暇?」
「暇は暇。でも、あんたに費やすほどの暇があれば、家でおとなしくスマホのゲームをしてる方がマシ。」
なんてことは言えないので、ここはグッと堪えて……。
「すみません。これから友達とご飯の約束をしてて……。」
やんわりと断った。「暇?」と訊いてくるということは、きっとご飯の誘いだろう。
「へえー、りさちゃんって友達いたんだ。」
余計なお世話だけど、おっしゃる通り。私には友達はいない。佐藤さんの目にも、私は友達のいない人間に映っているのだろう。ちょっと癪。
「まあ、一応。」
「その友達って男? 女?」
「女ですけど……。」
「そっかー。じゃあ、オレも混ざろっかなー。」
まあ、なんとも図々しいことよ。この人の辞書には「遠慮」の二文字は存在しないのだろうか……。
「すみません、それはちょっと……。」
「大丈夫、大丈夫! オレ、奢るからさ。」
フリーターが先輩風を吹かすほど、惨めで、滑稽で、醜いものはない。確かに私はお金がない。でも、だからと言って、フリーターに奢ってもらうほど落ちぶれてもいない。
「ホント、すみません。また誘ってください。」
もう誘ってこないでください。そして、バイトのシフトも私と別の日に入れてください。との気持ちを込めて言った。
「それはいいけどさ……。」佐藤さんが私に身体を向けた。
「りさちゃん、あんまり付き合い悪いと、嫌われちゃうよ?」
余計なお気遣いどうもありがとうございます。そのお返しに私からもあなたに言いたい。
「あんまりしつこいと、嫌われちゃうよ?」と。