鎖骨を噛む
拝啓 りさ 様
盗撮被害者としての常識からかけ離れているあなたに、こうして返事を書く私も、もしかしたら、盗撮魔としての常識からかけ離れているのかもしれません。
あなたは私と友達になりたいと書いた。できれば、私もそうなれればいいと思います。需要と供給が合致していることになります。
しかし、私があなたと友達になることは、私にとってはハイリスクです。つまり、何が言いたいかと言うと、私はまだあなたのことを信用できていないのです。
あなたは警察には通報しないと言いました。しかし、それを証明できるものがどこにあるでしょう?
「悪魔の証明」なんです。あることの証明よりも、ないことの証明の方が難しい。私と友達になり、接点を持つことによって、私の情報を手に入れ、警察に通報しないという証明がどこにありましょう?
以上のことから、私はあなたと友達になることはできないと思います。
ただ、私たちは似た者同士なのかもしれません。盗撮魔でさえも友達になりたいというのが、あなたの本音であれば、あなたはよっぽどの孤独を感じているのでしょう。それは、私も同じです。
孤独だから、人は道を歩くんです。
まあ、私の場合は、世間様に比べると、随分、道を間違えてしまっているのかもしれません。しかし、もしも本当にあなたと友達になれるのなら……私は正しい道を歩めることになります。
なので、私は敢えて、あなたの家に盗撮カメラを残していきます。撮影データも定期的に交換しに行きます。
もし、あなたが本当に私のことを信用してくださるのなら、今日のように置き手紙をしておいてください。
その際、あなたのアルバイトのシフトの時間を書いていただけると有難いです。
よろしくお願いします。
ムルソー より。
追伸:
この手紙は、玄関に落ちていたチラシを利用させていただきました。文面で、勝手に使ったことを謝ろうとも思いましたが、そんなことよりも私は、もっと重い罪を犯してしまっているので、やめておきます。
もっとも、罪に軽いも重いもありませんが。