鎖骨を噛む
21時までの時間潰しは、苦にならなかった。時間の進みが早くて、まるで高校の時、友達と行ったカラオケみたいに、もう後2時間くらい延長してもいい気分。でも、おじさんは、「家でばあさんが待ってるから。」と言って、釣りを切り上げた。そのタイミングで、私も家に帰ることにした。
帰る家がある。でも、その家には誰もいない。一人だ。そんな家は、ただの雨風しのぎの箱に過ぎない。
玄関のドアを開けて、いつものようにシャワー付きトイレに入って、手洗いうがい。それから、靴下を脱いで、ベッドにダイブする。ギシッと音を立てるベッドがまるで、「重い!」って言ってるみたいに聞こえる。ダイエットでもしようかしら。でも、したところで、何になる? 好きな人ができない以上、痩せていても、太っていても、結局同じこと。少し痩せたくらいで彼氏ができるなら、どんなブスでもリア充だ。
ふと、ベッドに横になったまま、机の上を見る。見覚えのない茶封筒があった。置き手紙だ! ムルソーさんだ! 慌てて跳ね起きて、茶封筒を見た。表には『りさ様』と書いてあり、裏には『ムルソー』と書いてあった。この達筆は、ムルソーさんの字。
なぜか✕印が書かれている開け口を、100均で買ったカッターで丁寧に切って、中を見た。便箋にあの日の達筆が並んでいた。