鎖骨を噛む





「私もできる限りですが、自己紹介をしたいと思います。名前はムルソーです。なぜ『ムルソー』という名前にしたかと言うと、『太陽が眩しかったから』です。」



太陽が眩しかったから? どういう意味だろう。何かの暗号なのかな? うーん、わからない。



「誕生日は12月3日。歳は企業秘密です。」



12月3日かあ。1、2、3、ダー! ってところかな? 古いかしら。



「趣味は、人間観察です。その趣味が高じて、盗撮なんてしてしまったのかと思うと、自分で自分が恥ずかしくなります。」



人間観察って趣味にしていいんだ。ってことは、もしかしたら私の趣味も人間観察なのかもしれない。私は、他人の目ばかり気にしてる。電車に乗った時に、目の前に座っている人の服装を見て、この人はこれからどこに行くかとか、この人はどういう生活をしているかとか、いろいろ想像するのが癖になっている。ムルソーさんもそういうことするのかな?



「ちなみに、りささんは月が見るのが好きと言っていましたが、私は嫌いです。月、太陽、花、空……そんなものは、所詮、『地球』という丸い器の中から見える、汚れにしか思えないのです。それよりも、中身。器の中身である、人間を見ている方がよっぽど楽しいのです。」



なんとなくわかる気がする。



小学3年生の時、お祭りで生まれて初めて金魚すくいをやった。全然すくえなかったけど、屋台のおじさんがおまけに金魚を2匹くれた。私は、それを家で飼いたいとお母さんに頼み込んで、次の日には、水槽と、ポンプと、餌を買ってくれた。私はその日から、水槽にかじりついて、ずっと金魚を眺めて過ごした。金魚は口を常にパクパクさせている。あれは、呼吸してるのか、それともお腹が空いているのかは、今でもわからない。金魚がフンをするところも見た。金魚にはトイレがない。泳ぎながらよくできるものだなって感心したのを覚えている。



次第に私は、金魚の目には私がどう映ってるのか考えるようになった。こんなに大きくて、動く私を見て、金魚は何を思っているんだろうか考えた。また、私がもし金魚だったらどう思うのか考えた。きっと、人が月を見ているのと同じで、あの月が金魚にとっての人間の目のように思えた。



そう思うと、金魚にとっては、同じ金魚を見ている方がずっと楽しいことなんだ。外の世界のことは知らずに、器の中で知らないフリをしてひたすら泳ぐ。知らない方が幸せなこともあって、そのことを金魚も知ってたんだと思う。だから、私を見ても、怯えることはなくて、月だと思うようにしたんだとわかった。




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