鎖骨を噛む





バイトまでの道のりは、いつも考え事をしている。大半がどうでもいいことで、今日もどうでもいいことを考えながら歩いている。



蝶々結びした靴紐が私の歩幅に合わせて揺れる。このスニーカーは、上京してからすぐに行った、原宿の竹下通りで買ったもの。高くもないし、安くもない黒のスニーカー。この高くも安くもないスニーカーがすり減って、新しく買う時には、私にはどれだけのお金があるんだろう。すべては、これから向かうバイトにかかっている。



バイトの面接で初めて履歴書というものを書いた。いつどこの中学を卒業して、いつどこの高校に入学して、いつ卒業して。それから志望動機を書いた。「生活費を稼ぐため。」って書きたかったけど、そんなことはとても書けない。だから、そんな気もないのに、「接客業を通して、自分を変えたい。」って書いた。店長が面接で訊いてきた。



「どう変わりたいの?」



その気なんてないからわからなかった。でも、もし自分が接客業という道具を利用して、自分を変えると考えたら、「接客業は、積極業だと聞いております。私には、積極性がないせいで、人前で自分の意見を述べられないという短所があります。その短所を変えたいと思っています。」という言葉が自然に口から出ていた。店長には、どう響いしたのかわからないけど、私は今、その店長の元でバイトができている。そういうことなんだと思う。



仕事って大変。社会の荒波に飲まれないように、溺れないように必死にもがく。でも、高校の時よりもどこか緩いところがあって、それも含めて社会なんだって日々、教わっている。そういう緩い誘惑に負けないようにすることも大事で、大変なんだ。その見返りとして、それ相応のお金をもらう。楽してお金儲けしたいって思ってたけど、楽の度合いは、人それぞれだ。私にとっての楽は、自分の芸術性を磨くことでも、教壇に立って不良を更生させることでも、お茶汲みをすることでもない。ただ、レジに立って、笑顔で商品をピッピッって打っていること。




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