鎖骨を噛む
バイト先に着いて、バックヤードで制服に着替えた。それから事務室に行って、パソコンを前にカタカタしている店長に挨拶をした。店長は背中を向けたまま「ん。」と言った。これが接客でお金を食べている人のオフなんだ。
机に座って、スマホをいじる。タバコの銘柄を覚えようと思ったけど、よくよく考えると、レジに出られないんじゃ、覚えようがない。結局、無駄に早く来ただけ。
「店長。」
「んー?」
店長はやっぱり、背中を向けたままだ。
「店長って結婚してるんですか?」
店長が振り返った。なんでこんなことを訊いたのか、わからないけど、訊いてしまったからには、返事を待つしかない。
「してるよ。去年の10月に。」
「新婚さんなんですね。やっぱり家に帰ると嬉しいものですか?」
「帰る家があるっていうのはいいもんだね。玄関のドアを開けると電気が付いてて、いろんな匂いが漂ってくるんだ。今夜の夕飯の匂いだったり、嫁のシャンプーの匂いだったり。それが当たり前になっている日々だよ。」
「……でも、その当たり前はそう長く続かないですよね。」
私は言ってから、しまった! と思った。すごく失礼なことをよりによって店長に言ってしまった。なんてバカなんだろう。
「まあね。だから、その当たり前を続けるためにも、頑張らなきゃって思うんだ。子供ができたらもっと頑張れるんだろうな。」
「店長の仕事する理由は、家族のためですか?」
「そう。家族のため。」
自分のために仕事をしている私って、ホント惨めで、やっぱり今朝思ったことは間違いないんだなって思った。
私は孤独だ。