鎖骨を噛む





「明日はバイトが休みでしたね。日曜日は週末だって世間では言われていますけど、本当は、1週間の始まりの日なんですよね。なんだか、不思議ですよね。1週間の始まりを休日から迎えるなんて。明日は私は来ません。なので、ビデオレターの方も、月曜日のバイトの前で大丈夫です。りささんのビデオレター、結構楽しみにしてるんですよ。 ムルソー」



確かに言われてみれば、おかしいな。なんで休日から始まるんだろう。金曜日と土曜日を休日にして、日曜日は平日にしたらいいのに。何かダメな理由でもあるんだろうか……そもそも、どうして平日は月曜日からって決めたんだろう。まあ、そんなこと、どうでもいっか。



ムルソーさんが私のビデオレターを楽しみにしてくれてる。そのことが嬉しくて、嬉しくて、たまらない!



まるで、忘れかけていた何か……この何かが思い出せない……ああ! そうか! これは、これは、ひょっとして……恋心! そう、恋心だ!



私はムルソーさんに恋をしているんだ。それも大恋愛。思い出した。



高校の時、サッカー部の先輩に恋をしていたことを。好きな人を友達に言うだけで、恥ずかしくて、照れくさくて、そこを含めて、恋愛だった気がする。結局、成就することはなかったけど、私は後悔していない。できることは、全部やったんだ。メールアドレスも聞いた。電話も毎日した。家の住所も調べた。部屋の電気が消えるまで待った夜もあった。お弁当も毎日、下駄箱に入れた。先輩が好きなから揚げと、卵焼きは必ず入れた。でも、結局、告白する前に「付き合ってる人がいるから。」って、フラれちゃって……その夜はわんわん泣いて、それでも、なかなか吹っ切れられなくて、友達と一緒にその先輩を鼻が折れるまでボコボコにしたのは、今でもいい思い出。



あれ以来、恋なんてしなかったけど、今、私はあの先輩の時と同じような気持ちが湧いている。つまり、恋! 春が来た! 私に春が!



ムルソーさんと会いたい。ムルソーさんと一緒に散歩したい。一緒に住みたい。貧乏でもいい。今より狭い家で、ウーパールーパーを2匹飼う。名前を付け合って、我が子のように大切にする。ご飯は私が作る。ムルソーさんには先にお風呂に入ってもらって、お風呂上がりのタイミングで、冷やしておいたジョッキにビールを注いであげる。それからジュークボックス型のスピーカーを買って、ジャズを流しながらソファーに座って、晩酌をする。たまには、一緒にホラー映画を観る。一緒の布団で寝る。鎖骨にムルソーさんの鼻息を感じる。幸せが頭の中に出来上がっている。



どうやったらムルソーさんと会える? バイトをサボって、シャワー付きトイレに隠れていれば会える。でも、急に会って、びっくりしないかな? きっとびっくりするよね。でも、それは初めだけ。そこから私は、ムルソーさんを縛って、逃がさないようにする。何で縛る? ロープだ。ロープを買いに行こう。そして、粘着テープも。大声を出されたらたまらない。少し可哀想だけど、それも初めだけ。初めだけ。



今夜は、徹夜でムルソーさん捕獲計画を立てよう。私は、大学ノートに書かれているムルソーさんからの返事のページをカッターで綺麗に切り取って、折りたたんで、ムルソーさんからの置き手紙が入っていた封筒の中に入れた。



そして、ノートを目の前にボールペンを持った。右手が震えている。左手は、汗ばんでいる。ワクワクする。ドキドキする。車と一緒で恋は誰にも止められないの。



乙女心全開で、脳内フル回転で、大学ノートに計画を詳しく書いた。明日は、忙しくなりそうだ。




< 63 / 148 >

この作品をシェア

pagetop