鎖骨を噛む
ホームセンターで買ってきた赤いロープを持って、押入れの中に隠れた。スマホの時計は、17:03を表示している。これでもう、バイトをサボったことになる。店長から電話が来るといけないから、サイレントマナーにしておこう。
さあ、果たしてムルソーさんは来るのか? そして、ムルソーさんは一体どんな人なのか? いよいよご対面! 私は、押入れを仕切っているグリーンのカーテンの間からマイプライベートルームを覗き込んだ。ピローケースがだらしなく広がっていた。こういうの、結構気になる質だけど、もう直せない。グッと堪えて、ムルソーさんを待つ。トイレに行きたいような気がした。気を紛らわすために、スマホを開いて、ネットニュースを見た。芸能人が離婚した記事に目がいった。有名人にもなると、離婚しただけでニュースになるんだな。なんか、人間に優劣をつけてるみたいで、正直いけ好かない。スマホを閉じた。
ガチャッ!
玄関のドアが開いて、グリーンのカーテンがふわっと揺れた。誰かが家に入ってきた。きっとムルソーさんだ。というか、ムルソーさんしか有り得ない。靴を脱いで、玄関の前にあるスリッパを履いたらしい。スリッパのパタパタという音がここまで聞こえてくる。廊下とマイプライベートルームを隔てているグリーンのカーテンが開く音がした。ムルソーさんの後ろ姿が私の瞳に映し出された。
黒のシャツ、黒のズボン。まるで、一昔前に一世風靡したロックバンドを彷彿とさせる格好。ネクタイが揺れているのが後ろ姿でもわかる。痩せ型。短髪。色白。ズボンの後ろポケットには、ブランド物らしき長財布が刺さっている。
第一後ろ姿印象は良し。