鎖骨を噛む
さあ、どのタイミングで行こうか。動画を見ている間に、今、サッと出て行けば、対面してしまう。後ろを向いた隙を突きたい。でも、パソコンに目を向けたまま、紅茶を飲んでいて、なかなか隙がない。ただ、顔は私の見えるようになっている。カッコイイ。見てるだけで、興奮する。きっと、盗撮の醍醐味ってこういうことなんだろうな。でも、ムルソーさんみたいに、画面越しで見るよりも、直に、バレるかバレないかの極限のドキドキを味わえるからいい。
ヤバイなー。好きになっちゃった。ホントはちょっと心配してたんだよね。おじさんだったらどうしようとか。でも、安心した。こんなにカッコイイ人になら、見られてもいい。というか、独占したい。この赤いロープで縛っておきたい。
「んー、意外としぶといんだな。」
ムルソーさんの肉声だ。初めて聞いた。低い声で、部屋中にズンッと響く。「しぶといんだな。」って、何がしぶといんだろう。私のここ最近の行動で、しぶといところがあったかな?
「そろそろ出てきたらどうなんだ?」
出てくる? シャワーか? トイレか? それとも……あ! 私か! 動画って、終始、私が出演してるわけじゃないもんね。寝ている時とか、トイレとか、シャワーとか、買い物してる時は、部屋にいないわけだし。でも、シャワー付きトイレにはカメラがあるから違うか。
「隠れるのは簡単だけど、そういう人は大抵、何かをミスする。例えば、スニーカーを隠し忘れたりとかな。」
ドキッとした。しまった! 私、スニーカーを出しっぱなしにしてた。