鎖骨を噛む
「……手に入れたい。」
私は必死に声を絞り出した。必死に笑顔を努めた。ムルソーさんの目は今、私の顔に注目している。でも、私の背後には、押入れがあって、その押入れの中には、100均で300円ほどで買って、結局使わなかった、太いつっかえ棒が入っている。
左手で、それを掴んだ。それからバッターみたいに思いっきりスイングした。つっかえ棒は、ムルソーさんの脇腹にヒットした。同点ホームラン! ってところかな?
ムルソーさんがその場にうずくまって、上目遣いで睨み付けてきた。その目が怖くて、今度は剣道。思いっきり、顔をめがけて「面ー!」。ムルソーさんの額から血が流れ、そのままうつ伏せに倒れ込んだ。いつかの曙みたいに。
やっちまったぜ。これで私も犯罪者かな? ムルソーさんの胸に手を当てた。厚い胸板が立派。心臓は……ああ、動いている。よかった、気を失ってるだけだ。一応、人殺しにはなっていない。
ムルソーさんに奪われた赤いロープを奪い返して、グルグルに縛り上げた。きつく、きつく縛った。結び方とかよくわからないから、いっぱい堅結びした。
ムルソーさん、捕まえたー! これで今日から私のもの。孤独卒業式のお祝いにコーラを開けた。それをいつか飲むときのために買っておいたワイングラスに注いで、ベッドに腰かけ、脚を組んで、上品に飲んだ。
視界には倒れて縛られたムルソーさんがいる。ホント、しょうがないほど惨め。でも、そういうところが可愛い。
ふと、視線を逸らして、ポケットからスマホを取り出した。バイト先から7件も着信があった。