鎖骨を噛む
「描けないってどういうことよ? 物理的にってこと?」
私は赤いロープを指さした。
「まあ、それもありますけど、肖像画を描くことは、その人のことをいろいろ知らないと描けないんです。表面上では描けると思います。でも、それはただ見たものを模写してるに過ぎないんです。僕はあなたのことをよく知らない。どういう人間かもわからない。あなたには……。」
彼は明らかに言葉を濁した。
「何よ?」
「……あなたには、中身がない。空っぽだ。ジャムの使い終わった瓶みたいに。」
空っぽ……ねえ。なかなか面白いことを言うじゃないの、健司。
「確かに私には何もない。色で言えば無色透明……でもないかしらね。そんなに清楚じゃないもの。でも、それを描けなかったからあなたはフリーターなんてしてるんじゃないの?」
彼は黙った。まるで、何か言いたいのを必死に我慢しているようでもあって、何も言えない自分にもどかしさを感じているようでもあった。私はその強く結ばれたその口元にピザを当てがった。
「描けないんじゃ、いつまで経ってもあなたはそのままよ。そのまま死んでいくの。だから、私のために生きればいい。空っぽなジャムの瓶みたいな私に土を入れて、種を蒔いて、水をあげて、花を咲かせればいい。そのためだけに存在すればいい。そのために生きなさい。生きるために、これを食べなさい。空っぽな私の手から。」
彼は私の差し出したピザに噛り付いた。まるで、これを離すまいとするかのように、力強く噛り付いた。
シャツの胸元から、彼の鎖骨が見えた。左の鎖骨にホクロが一つあった。