鎖骨を噛む





私は彼のポケットに手を突っ込んで、タバコとライターを取り出した。このライターは100円。コンビニにも置いてあるから値段くらいわかる。タバコは、確か……メビウスで青いパッケージのやつだ。バイト先に、いつもボックスで2箱買っていくタクシーの運転手のおじさんがいるから覚えている。



「ほら、吸わせてあげる。だから、起き上がりなさいよ。」



タバコの1本を手に取って、ライターで火をつけた。しかし、タバコには線香みたいな煙しか上がらない。



「ああ、タバコは吸いながらじゃないと火はつかないんですよ。」



そう彼が言った。そういえば、初めて吸った時も友達からそんなことを言われた気がする。私は口にタバコを咥え、吸いながらライターの火をかざした。火がついたと思うと、肺の中にまずい煙(美味しい煙なんてないんだろうけど。)が入ってきて、咽た。



「大丈夫……ですか?」



「うっさいわね! ほら、ついたわよ!」



火のついたタバコを彼の口元へやった。持っている指が少し熱い。彼はそれを戸惑いながらも咥えて、器用に手を使わずにフーッと一筋の煙を吐いた。間接キス。そういえば、灰皿がなかった。コーラを飲んだ空きのペットボトルに水を入れて、持ってきた。



「これ、灰皿代わり。」



しかし、彼はタバコを咥えていて、ろくに口が利ける状態じゃない。それに、この口の狭いペットボトルに咥えタバコのまま灰を落とさずに、灰を捨てることは不可能だ。



仕方がない。



「私が灰を落としてあげる。ほら、渡して。」



彼の口元のタバコを受け取って、灰を落とした。そして、再び彼の口元にタバコを持って行ってやる。すると、彼はまた器用に一筋の煙を吐いた。



さすがに過保護かしら。正直、めんどくさいこの作業。一番いいのは赤いロープを解いてあげることだけど……やっぱりできない。



でも、ずっとこのままだと、例えばトイレの時とかどうすればいいんだろう……。まさか、私がチャックを開けてあげなきゃいけないのかしら……。え? 大きい方の時は? いくら好きでも、さすがにそこまでできない……。



はあ、解くか……いやいや、ダメだ。解くかズラすかなら、ズラす方が私にとっては安全。それに出来そうなことは自分でもさせなきゃいけない。ズボンくらい、自分でズラせるはずだ。甘えさせてはいけない。



「それ吸い終わったら電気消すわよ。」



そう言って、彼がタバコの煙を吐いたところで私はタバコをペットボトルの中に落として電気を消した。彼の匂いは、シャンプーでもオーデコロンでもなく、タバコだった。




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