世子様に見初められて~十年越しの恋慕
第七話 木札の秘密
漢陽でも一際大きな屋敷がある。
ソウォンの自宅でもあるカン家の屋敷に引けを取らないほどの大きさで、大門(テムン:表門)には繁栄を願うように御札が貼られている。
そんな門を緊張した面持ちの男女が静かにくぐっている。
「奥様を呼んでくるから、ここで待ってろ」
「………はい」
二人を母屋の庭先に残し、この家の使用人頭と思われる男が奥へと姿を消した。
体躯がいい男は、解れたパジ(下衣)に酷く汚れたチョゴリを身に纏い、ぼさぼさの髪から覗く鋭い眼つきが印象的。
その男の少し後ろに顔を伏せる状態で、小柄の女がいる。
女も解れた衣服を身に纏い、伏目がちの表情は酷く疲労感が滲んでいる。
「奥様、この者らです」
先ほどの男が一人の女性を連れて戻って来た。
見るからに華やかに着飾ったその女性は、値踏みするような視線を二人に向け、小さく頷いた。
「ユンギにソニとな」
「…………はい、さようにございます」
「夫婦の奴婢か………」
奴婢の名が記された奴婢証文(奴婢が売られる際に手渡る証文)を眺めながら、女主人はソニに鋭い視線を向ける。
「役所からの頼みとあっては仕方ない。大監(テガム:正二品以上の高官に対する敬称)の顔を潰す訳にもいくまい」
「では……」
「うむ、二人を連れていけ」
「はい、奥様」
「………このご恩は一生忘れません」
「……………誠心誠意尽くさせて頂きます」
ユンギとソニは深々と頭を下げると、女主人は再び屋敷の奥へと姿を消した。
「俺はボンス、分からないことがあったら何でも聞いてくれ」
誇らしげに胸を張るボンスは、指で小鼻をこすった。
「俺はユンギで、こっちは妻のソニ。………よろしく頼みます」
「………よろしくお願いします」
ユンギの背にすっぽり隠れてしまうほど小柄のソニは、ユンギの声に合わせるように会釈した。
そんなソニの様子を見たボンスは、目を丸くする。
「お前の女房、偉い美人だな」
「そっ、………そうですか?」
「若旦那に目を付けられなきゃいいが……」
「っ………」
「まぁ、大丈夫だろ。じゃあとりあえず、屋敷を案内するよ」
「…………お願いします」
ボンスの後を追う形で二人は母屋の脇を奥へと進んでいった。