世子様に見初められて~十年越しの恋慕
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王宮では、国母である王妃の御誕生祝いの宴が行われていた。
句を詠むのが好きな王妃様の為に、世子嬪は随分と前から四季折々の花や草を押花にし、それを用いて漉いた紙で特注の詩集のような綴りを作っていた。
その贈り物が偉く気に入ったようで、普段は物静かな王妃が、宴で演奏されている曲に合わせ、鼻歌を奏でていた。
そんな王妃を優しく見つめ、時には見つめ合うような仕草を見せる国王。
宴に出席している誰もが、幸せな時間を過ごしていた。
その夜。
亥時(ヘシ:午後九時から十一時)の刻、ヘスは妻であるダヨンと共に香遠亭(ヒャンウォンジョン:王宮の北部に位置する東屋)を訪れていた。
「あれほどまでに母上が喜ぶとは思ってもみなかった」
「私もです」
「礼を言う」
「私の方こそ、至らぬ点が多いにもかかわらず、これまで温かく見守って頂き、感謝の言葉もございませぬ」
普段は居所の周りを散策するくらいだが、今宵は少し改まった感じで緊張感が漂う。
そんなヘスの意を察しているのか、ダヨンはいつにも増して柔和な表情である。
「来月、私が二十歳の誕生日を迎えれば、これまでのような生活は出来なくなるであろう」
「……承知しております」
「母上は勿論のこと、国民の期待にも応えねばならぬ」
「………はい」
「すまぬな」
「いえ……」
ダヨンは、ヘスが言わんとすることが分かっているようだ。
「一日も早く、世子様に似た可愛らしい御子が授かりませんと……」
「………ん」
「では、私は…………心の準備をしておきます」
「すまぬ」
「いえ、私の方こそ、申し訳ありません」
月に照らされた香遠亭は初夏の風が吹き抜け、二人の瞳は僅かに揺れていた。
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父親の部屋から謎の書物を持ち出してから数日が立ったある日。
ソウォンは真剣な表情で筆を握っていた。
「やっぱりそうなんだわっ!」
筆を置いたソウォンは、一人納得した様子で立ち上がった。