世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「信じがたいような出会いに始まり、その後も何度も意外な場所で顔を合わせた上、私の命まで救ってくれたことは、“運命”以外に例える言葉が見つからぬ。そなたにとっては不本意かもしれぬが、私の意を酌んでくれると有難い」
「不本意などと、滅相も御座いません」
「ソウォンの為にもそなたには胸を張って貰いたいゆえ、暫し私に時間をくれぬか」
「世子様。私奴になど、許可を求めることは不要に御座います」
「そう言ってくれると、気が楽になる」
ヘスの申し出に混乱したジェムンであったが、漸く状況が呑み込めたようだ。
「近いうちに使いの者を送る」
「はい、世子様。…………お待ちしております」
ヘスは笑みを浮かべながら小さく頷き、踵を返した。
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「お嬢様っ」
「チョンア、早く茶を淹れてちょうだい。喉が渇いたわ」
朧げな記憶を辿るように目を細めながら小首を傾げ、連日のように例の八卦太極図の暗号を思い出しながら紙に書き留めているソウォン。
集中するあまり、一日中独り言を呟いてたため、喉が渇くようだ。
ソウォンは、少し前に下女のチョンアに茶の用意を頼んだところだった。
至る所に書き留めた紙が散乱している室内に、血相を変えたチョンアが駆け込んで来たのだ。
チョンアは物凄い形相でその散乱している紙を拾い上げる。
「あっ、チョンア駄目よ!その辺のは手を付けないで!」
主人の許可なく片付け始めるチョンア。
普段ならソウォンの命令をきちんと聞くのだが、今日ばかりは違った。
ソウォンの言葉に耳を貸そうとせず、一心不乱に片付けていると。
「そのままで良い」
何処からともなく、女性の声が聞こえて来た。
ソウォンはチョンアの手元から声のする方に視線を上げると、萌黄色のチョゴリ姿の女性が室内へと足を踏み入れたところだった。