世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「媽媽(ママ:媽媽とは、王族等の身分の高い人への敬称)」
「下がっていなさい」
「ですが、嬪宮媽媽(ピングンママ:世子嬪)」
「へっ?」
「良いから……」
「……はい、媽媽」
「そなたも………良いか?」
「……はい」
床に散らばっていた紙を拾い上げたチョンアは顔を伏せた状態で後退りし、女官と思われる女性と共に部屋を後にした。
一瞬の出来事で状況が掴めないソウォンは、唖然としながら目の前の女性をじっと見つめてしまった。
すると、楽しそうな表情で微笑む女性。
ソウォンは、物凄い勢いで先ほどの会話を整理した。
「え、あっ、………世子嬪様っ!」
ソウォンは状況が漸く呑み込めたようだ。
微笑む世子嬪の前に駆け寄り、頭を伏せる。
「事前に知らせをせず、驚かせてすまぬ」
「と、とんでもございませんっ!このようなむさ苦しい所に………申し訳ありませんっ」
世子嬪の突然の訪問に動揺を隠しきれないソウォン。
墨だらけの指先を必死に隠そうと手を合わせると、先ほどまでソウォンが座っていた所に世子嬪はゆっくりと腰を下ろした。
ソウォンは顔を伏せた状態で、世子嬪の前に腰を下ろすと。
「顔を見せてくれぬか?」
「…………はい」
決して威嚇するような声音でない事を不安に思いつつも、ソウォンはゆっくりと顔を上げた。
これまでの世子様との関係を世子嬪様がご存知ならば、ソウォンの存在は決して良いものではない。
警告、またはお咎めをする為にお越しになったのだと瞬時に理解したのだ。
顔を上げはしたが、世子嬪様を直視することが出来ず、ソウォンは自身の手元に視線を落としていると。
「世子様が、お気に召すのも分かる気がする」
「ッ?!」
「周りに流されず、自分というものをしっかり持っている相の持ち主だな」
やはり、世子様との関係をご存知のようだ。
注がれる視線に熱がこもっていると感じたソウォンは、再び顔を伏せようとした、次の瞬間。
「私に代わって、どうか世子様を御支えして欲しい」
「………はい?」