世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「世子様の好物が何か、知っておるか?」
「はい?」
「魚や肉よりも野菜を好まれる。特に、汁物には葉物野菜が入っているとお喜びになる」
「………」
「それから、書庫に籠られている際には、お茶と一緒に油菓(ユグァ:発酵させたもち米を油で揚げて蜜などで甘く味付けした、軽い歯ごたえと上品な甘さの伝統菓子)をお出しすると良い。何でも、疲れた脳に蜜が良いそうだ」
世子嬪様は終始笑みを浮かべながら、ゆっくりとした口調で語り掛ける。
だが、その心情が窺い知れない。
敵に塩を送るつもりで話されているのだろうか。
とても牽制しているようには見えず、嫉妬心に駆られているようにも思えなかった。
胸中が読めないだけに、恐怖心でしかない。
脳内が錯乱して返す言葉が見つからないでいると。
「媽媽」
助け舟のように、部屋の外から声が掛かった。
「そろそろ行かねば」
「……はい、世子嬪様」
「そなたに会えて良かった」
「恐れ多いでございます」
「大事な身ゆえ、体だけは気を付けよ」
「ッ?!……………有難きお言葉、身に余る思いに存じます」
ソウォンが深々と頭を下げると、世子嬪は笑みを浮かべながら軽やかな足取りでその場を後にする。
胸のざわめきが抑えられないソウォンであったが、世子嬪様の御見送りをしない訳にはいかない。
すぐさま後を追うように庭先に出て、大門の外まで御見送りした。
「お嬢様?…………ソウォンお嬢様、大丈夫ですか?」
チョンアの声で、漸く我に返る。
どのように部屋に戻ったのか、記憶にない。
夢であって欲しいと願うソウォンであったが、チョンアの言葉でそのささやかな想いも打ち砕かれた。
「世子嬪様は何と?世子様とのご関係をお知りになり、“次は許さぬ”とでも嚇されましたか?」
チョンアは青ざめているソウォンの顔を心配そうに覗き込む。
その姿を視界に捉え、心配させまいと笑顔を見繕った。
「挨拶をしにお越しになられただけよ」
「ですが、世子嬪様自らおいでになられるだなんて……」
「たまたま近くにお越しになられたようで、それで……」
「そうなのですか?」