世子様に見初められて~十年越しの恋慕


世子嬪様のような方が特別な用も無いのに、わざわざお越しになる理由などない。
屋敷内も騒がしくなり、取り乱すことは避けるべきだと考えた。
運よく今日は朝から母親が叔母の家に外出しており、大事には至らずに済んだ。
けれど、母親の耳に入るのも時間の問題。
何か良い言い訳を考えねば……。

「そう言えばっ!お嬢様、先ほど嬪宮様のお付きの方からこちらをお預かり致しました」
「えっ?」

チョンアの手元に視線を向けると、そこには絹の布で包まれた物が。

「中身はお茶だと仰ってましたが……」
「お茶?」
「これって………」

詮索するなどもってのほかだが、考えずにはいられない。
先ほどの世子嬪様のお言葉と合わせると、どうにも不安が押し寄せて来る。
本来ならば飛び上がるほど嬉しい代物。
世子嬪様から贈り物を頂くだなんて、あり得ないことなのだから。。
けれど、今のこの状況では手放しでは喜べない。

チョンアが心配するのも無理はない。
宮中のしきたりなど自分ですらよく分からない。
だが、宮中でなくとも女人同士の揉め事はよくある。
それこそ両班の家では、正室と側室の間に揉め事が絶えないとよく耳にする。
幸いにもソウォンの家では、そういった事は今まで一度もない。
何故なら、ソウォンの父親は側室を設けない主義なのだ。
だからこそ、嫉妬という感情が疎いがゆえ、すぐには気付けなかったのだ。

視線の先に捉えた包みに手を伸ばす。

「お嬢様」
「大丈夫、平気よ」
「ですが……」
「世子嬪様がお越し下さったことを知ってる者は何人もいるわ」
「だとしても……」

チョンアが言いたいことは理解出来る。
お茶はお茶でも“毒入り”のお茶だと言いたいのだと。
けれど、幾ら憎い相手でも、自ら出向いて贈り物をした上で毒を盛るだろうか?
自分が同じ立場だったら、決してしない。
だって、感情に支配されたがゆえに、世子様にご迷惑を掛けてしまうではないか。

ざわつく心を落ち着かせようと深呼吸し、ソウォンは包みを手に取った。
見たことも無いほどに滑らかな絹地に牡丹の刺繍が施され、いかにも最高級品だということが見て取れる。
慎重にその包みを解くと、白磁の小壺に青茶(中国茶の一種で、ウーロン茶など)が入っていた。


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