世子様に見初められて~十年越しの恋慕
第九話 水面下の取引、その代償
「世子様、どうなさるおつもりで?」
「心配か?」
「それは、勿論」
弘文館を後にした世子とその護衛の者数人。
ゆっくりとした足取りで王宮へと向かっていた。
世子のすぐ隣にいるのは親衛隊長のヒョク、二人から少し距離を取り、民に紛れるように歩く数人の部下がいる。
二人は立場こそあれど、幼い頃から学問、剣術等を共に過ごした仲であり、王宮内外問わず何でも話せる唯一の友でもあるのだ。
不安の色を隠せないヒョクは、おもむろに足を止めた。
「もしや………」
「ん?フッ、相変わらず鋭いな」
「あ、いや、まさかとは思っておりましたが、本当に迎えるつもりなのですか?」
「あぁ」
「でも、どのように?側室をとなると、内命婦(ネミョンブ:宮中にいる品階のある女人を統率する役割を担う組織のこと)の扱いになりますし、王様でない限り、幾ら世子様でも難しいと存じますが……」
一層険しい表情になるヒョク。
王であれば、誰も口出しすることは出来ないが、世子となれば話は変わってくる。
まだ若いゆえ、成り行きで情を交わすこともあるだろう。
だが、王室の一員(側室)となるには、内命婦のしきたりに則らなければならない。
それこそ、王妃や大王妃の御眼鏡に叶った人物でなければ……。
法を重んじる国柄ゆえ、ヘスも重々承知している。
「お考えが御有りなのですね?」
「当たり前だ」
ヘスは余裕の笑みを浮かべ、再び歩き始めた。
そんな彼の背中を見つめ、ヒョクは大きな溜息を零した。
「ヒョク」
「はい、世子様」
「例の者の所へ案内せよ」
「承知しました」
カッ(笠子帽)のヤンテ(ツバの部分)を指先でつまみながら振り返ったヘスは、ヒョクに目配せし、精鋭の部下を従え、とある場所へと向かった。
一方、ソウォンの屋敷を出た世子嬪は、その足で実家へと向かった。
そもそも王宮を出るにあたり、義姉の見舞いを理由に、大妃様に願い出たのだった。
数日前に兄の正室であるミリョンが懐妊したとの知らせを受けた世子嬪は、王宮から出られるまたとない好機だと思ったのだ。
実家へと向かう輿の中、世子嬪は静かに瞼を閉じ、気を落ち着かせていた。