世子様に見初められて~十年越しの恋慕
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「領相(ヨンサン:領議政の敬称)の兵を見つけたと?」
「はい、世子様」
チュ・カンジン宅を出たヘス。
領議政を見張らせていた部下からの報告を受け、ヘスは王宮へと向かう足を止めた。
「案内せよ」
ヘスはお忍び用の服を身に纏っている為、そのまま向かうことにした。
ヒョクは念には念を入れる為、密偵の際に使う変装用の付髭を世子に施した。
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「お嬢様、本当にこれが最後ですからね?」
「分かってるわ」
「本当に本当でございますよ?」
「しつこいわよ」
酉時(ユシ:午後五時から午後七時頃)の刻、男装姿のソウォンは、ユルと共に裏門から自宅を後にした。
そんなソウォンの後ろ姿を見つめ、大きな溜息を零すチョンア。
危険な目に遭わぬことを切に祈っていた。
王宮からいつ使者が来るか分からない中、入宮する前にどうしても確かめたい事があると聞かないソウォン。
自分に残された自由な時間が残り僅かだと分かっているからこそ、何もせずにはいられなかった。
「お嬢様」
「………」
「危険だと感じた時は………」
「分かってるわ。これを口にすればいいのよね」
「…………はい。無い事を祈っております」
ソウォンは胸元にそっと手を当てる。
万が一の時の為に使う催吐薬が忍ばせてあるのだ。
チョンアが言うように、これが最後の探りになるとソウォンは理解していた。
一つでも多くの情報を手に入れ、世子様のお役に立ちたい、その一心である。