世子様に見初められて~十年越しの恋慕


ソニが杯に酒を注ごうとすると、骨ばった手がソニの手を掴んだ。

「ッ?!」
「指を怪我してるのか?」

予想はしていた。
妓生が酒席でしている事を知らなかった訳じゃない。
何が起きても驚くまいと肝に銘じていたのに、いざその場になると体が勝手に反応してしまった。

シファがソニと呼ぶ妓生こそ、ソウォンである。

ソウォンが探りを入れていた穀物商と領議政のチョ・ミンジェが繋がっている事が分かり、頻繁に出入りしているという妓楼を突き止めた。
すると、シファが率いる妓房であったのだ。

顔見知りという事もあり、頼み込んで潜入させて貰ったのだ。
事前に妓生の所作を習い、酒席での妓生の心構えも習っていた。

けれど、鋭い視線に動揺してしまった。

視線の先にあるのは、世子様からお預かりしているトルパンジが。
世子様自ら小指に嵌め、取ってはならぬと仰った為、外す事を躊躇ったのだ。
それゆえトルパンジを隠すために絹の布を巻き隠している。

「月琴(ウォルグム:宮廷音楽に用いられた弦楽器)の練習をしていて少し頑張りすぎてしまいました」

事前にシファ辺首と打ち合わせしていた通りに答える。
妓生は酒席だけでなく、宴席で舞を披露したり楽器を奏でたりする事もあり、日中に稽古しているのだ。

「それは残念。そなたの月琴はどんな音色なのか興味が湧くな」
「うふふっ、まだまだ練習中の身ですので」

頬にかかる吐息が酒臭く、腰に回された手が容赦なく蠢いている。
脳で理解していても心は正直なもので、身の毛がよだつ。

髪を整える振りをしながら、ソウォンは体の向きを少し変えた。


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