世子様に見初められて~十年越しの恋慕
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世子が部屋を出ると、外では護衛の者が知人を装って会話していた。
そして、気付かれぬように護衛と共に予め用意してある部屋へと向かった、その時。
たまたま通りがかった領議政の護衛武士であるウガンが、世子が部屋から出て来る所を見ていた。
そして、偽装していた護衛にも気付いてしまったのだ。
世子達の姿が見えなくなったのを確認し、領議政の元へと向かおうとした、次の瞬間。
世子が出て来た部屋から一人の妓生が姿を現した。
辺りを気にしながら出て来る素振りに、世子との関係に勘付いてしまったのだ。
これまで、世子の艶聞は聞いた事が無い。
それどころか、世子嬪との夫婦仲が良いと評判なくらいだが、世子も男である。
それも、盛んな年頃でもあるし、別に驚く事でもない。
今まで側室を迎えるといった話がなかった為、少しばかり驚いた。
ウガンは気付かれぬように少し間を置き、領議政のいる部屋へと向かった。
部屋に入ると、先ほど見かけた妓生がいた。
しかも、領議政がすっかり骨抜きにされている。
薄暗い廊下でなく明るい室内で見たその妓生の色香に、ウガンは合点がいった。
世子が女人に惹かれる事があったとしても、表象的には自尊心が高いと思っていた。
だから、一夜限りの色欲なのだと思ったのだが、そうでは無かったかもしれない。
妓生にしておくには勿体ないほどの上品さがあり、ウガンの目の前で書画をする姿は正しく両家の娘に思えるほど。
妓生特有の媚びた表情さえ見せず、四書(論語、孟子、大学、中庸の書物のこと:儒教における経書の総称)について領議政と話し合えるほどである。
ウガンが部屋の隅で剣の鞘を磨きながら妓生を視界に隅に捉えていると、妓生がウガンの視線に気付いたのだ。
殺気にも似た気質を纏う“気”に気付いたとは只者ではない。
ウガンは肩を回す素振りをして、何事も無かったようにやり過ごした。