世子様に見初められて~十年越しの恋慕


すっかり気を良くした領議政。
夜も更けた事もあり、妓生達を下げさせた。

室内にはチョ・ミンジェとウガン(ミンジェの護衛)、ヨ・テドンと小間使いのジンスの四人。
ウガンが部屋の外の様子を見るため腰を上げる。
気配が無い事を確認し終えると、ミンジェは杯に残っていた酒を飲み干し、本題を口にした。


********

「裏門にユルさんがお待ちです」
「今日は本当に助かったわ」

ソウォンがシファに挨拶すると、シファは丁寧に会釈した。

「チョゴリなどはそのまま置いておいて下さいませ。後で片付けますので」
「分かったわ。何から何まで有難う」

ソウォンを着替える為の部屋へ案内したシファは、再び客の元へと戻ってゆく。

ソウォンは装身具を取り、化粧を落とす。
そして、華やかに着飾った服を脱ぎ、自宅から着て来た男性用の服を身に纏う。

解いた髪を梳き、慣れた手付きで髷を結う。
そして、顔を隠すようにカッ(笠)を被って……。

子時(チャシ:午後十一時から午前一時頃)の刻、薄暗い中、人目を避けるように裏門へと急いだ。
すると、厠の横を通り過ぎようとした、その時。
中から人が出て来た事に驚き、立ち止まってしまった。

小さな蝋燭の灯りだけの中、ヤンテ(笠のつば部分)越しにその人物を捉えると、領議政の護衛の者だとすぐに分かった。
体躯がよく、鋭い眼つき。
そして、何より汗と血生臭い匂いが特徴なのだ。

ぶつかったわけでもなく、顔見知りなわけでもない。
男装しているソウォンにしてみれば、見知らぬ相手に挨拶するのもおかしいというもの。

ソウォンはヤンテを抓み、男らしく背筋を伸ばして堂々とその場を後にした。


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