世子様に見初められて~十年越しの恋慕
裏門で待機していたユルと合流すると、ソウォンは速足で妓房を後にした。
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「しっ、………無言で歩いて」
「…………はい」
ソウォンは分かっていた。
少し離れた後方にウガンがいる事を。
ソウォンの素振りですぐに勘付いたユルは、ソウォンの後ろにぴたりと付いて、小声で進む方向を呟く。
市場通りに差し掛かると、ソウォンとユルは一気に走り出し、ウガンを撒いた。
商団で使用している倉庫に駆け込み、追手の気配を確認する。
「撒けたようです」
「………それなら良かった」
「何者ですか?」
「領議政の護衛よ」
「………」
「気付かれたかもしれないわ」
「では、用心せねばなりませんね」
「………そうね」
ソウォンは暫く男装するのを止めようと考えた。
自分は偽装して化ける事が出来るが、ユルと常に行動を共にしている為、気付かれかねないと思ったのだ。
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ウガンは厠を出た所で、男とすれ違った。
妓房には妓生目当ての連中が毎夜訪れる。
両班の子息が情欲にのまれ、大金を注ぎ込んで女に溺れる者も多い。
妓生と情を交わし、そのまま朝を迎える者もいるが、夜が更けると自宅へと帰る者も多い。
だから、妓房で見知らぬ男とすれ違ったとしても、気に留める必要は無いのだが。
ウガンはすれ違った男に違和感を覚えたのだ。
少なからず妓房を訪れれば、妓生の白粉や練香の匂いが付いてしまう。
それはウガンかて同じで、服や髪に匂いが染み込んでしまうのだろう。
だが、男とすれ違った瞬間、仄かに香るといった程度ではなく、妓生とすれ違った時と同じくらいに強い匂いを感じた。
一晩中妓生と床を共にした領議政でさえ、男の体臭のようなものを感じる事が出来る。
けれど、その男は明らかに肌や髪から放たれるような匂いを漂わせていた。
そして、極めつけは………。