世子様に見初められて~十年越しの恋慕
ヤンテを抓む手に巻かれた布に見覚えがあったのだ。
剣術の心得がある者なら、手先に怪我を負うことも少なくない。
けれど、その怪我を手当てし、患部を覆う布は大抵木綿や麻の布地である。
薄暗い屋外ですれ違ったとは言え、厠の入口に焚かれた燭台の灯りがある中で、見間違えるはずがない。
男が指に巻いていたのは紛れもなく絹の布地で、あの妓生と同じ色と模様が施されていた。
ウガンは男が何者なのか確かめる為、こっそり後を追う。
裏門を出た所で別の男と合流した。
その時、ウガンの脳裏に二人の男が過った。
数日前に穀物問屋の倉庫で見た、月花商団の大辺首ともう一人の男の姿が。
倉庫の端に仕掛けられた玻璃越しにちらっと見た程度だが、ウガンは視力がずば抜けて良いこともあり、記憶に新しい。
二人の背丈の差、体格の差、歩き方などの一連の所作が酷似しているのだ。
市場がある大通りに差し掛かると、気配に気付いたようで俊敏な動きで、二人を見失ってしまった。
だが、慌てなくてもよいのだ。
商団としての届け出が出ているだろうから、所在はすぐに判明するだろう。
ヨ・テドン率いる商団と取引をすれば、自ずと会う事が出来るのだから。
男共が何者なのか。
何のために妓房にいたのか。
もしかしたら、ヨ・テドンに近づいたのも、何らかの目的があっての事かもしれない。
いや、恐らく、領議政の悪事に勘付いての行動なのかもしれないと感じていた。
ウガンの顔は望月に照らされ、不気味に微笑んでいた。