世子様に見初められて~十年越しの恋慕
忠清南道(チュンチョンナムド:現在の韓国中央部)の錦山(クムサン:現在の大田市南部周辺)に男装をしたソウォンと下女のチョンア、それともう一人。
ソウォンと同じ年頃の青年で、ソウォンの護衛武士である彼は名をユルといい、長身な上、体躯がしっかりしている。
ユルは庶子(妾の子)である為、科挙(官吏を登用する為の試験)を受ける事すら出来ない。
文武両道に秀でていたが、その才能を発揮する場も無く、街で荒れていた所をジェムンが引き取り、ソウォンの護衛役として育てて来た。
奴婢(ヌヒ:奴隷)の身分の母親から生まれた為、ユルも奴婢であり、虫けら同然に扱われて来た。
けれど、ジェムンと出会ったことにより、新しい人生を歩み始めたのである。
(※朝鮮では、父親の苗字を受け継ぎ、母親の身分を受け継ぐ)
ソウォン達は高級品である高麗人参を手に入れる為、錦山を訪れている。
実は………。
ソウォンは漢陽で最大規模を誇る月花商団(ウォルファサンダン:大規模な組織化を行った商業集団)の大行首(テヘンス:行首を取りまとめる長)である。
だが、その正体を知る者はチョンアとユル、そして父親であるジェムンの三人だけだ。
幼い頃から培われた知識と磨かれた慧眼。
全国を駆け回り、質の良い物を見定めて買い付け、それを適正価格で売り捌いている。
朝鮮では権力のある両班が専売の権利を掌握しており、その権利を誇示して買値を踏み倒し、それを膨大な値で売りつけている。
私腹を肥やす輩を野放しにせぬ為、飢えに苦しむ人々を一人でも多く救いたくて……商いの世界に足を踏み入れた。
しかも、それだけではない。
ソウォンは………。