世子様に見初められて~十年越しの恋慕
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「お嬢様。今日はお止めになった方が宜しいですよ」
「分かってるわ」
「では、何故……」
「一刻の猶予も無いのよ。王様の御体が心配でならないから」
「それはそうですけど、私はお嬢様の方が心配です」
「そんな事、口にするものでは無いわ」
「…………分かってますが」
ソウォンが下女の服を身に纏い、商団の仕事に向かうとしている。
今日はどうしても顔を出せねばならないのだ。
ソウォンは念には念を入れる為、化粧を一切せずにチョンアと共に自宅を後にした。
どこかで鉢合わせするやもしれないと思ったソウォンは、ユルを少し早めに出発させ、時間を置いてチョンアと共に向かう事にしたのだ。
奴婢に成りすましたとは言え、肌の艶などは下女とは思えぬ佳麗な容姿にすれ違う男共が二度見するほど。
それに気付いたチョンアはソウォンの前を歩く。
出来る事なら自宅から一歩も出たくないのが本音だが、ソウォンのたっての希望なのだから仕方がない。
急ぎ足で商団の裏口まで来た所でソウォンの足が止まった。
ソウォンの視界には裏口の戸の横に小さな杯が置かれていたのだ。
戸の横に杯を置く行為は、危険を知らせるという行為で。
恐らく、ユルが危険を知らせるために置いたものであろう。
「チョンア」
「はい?何でしょうか、お嬢様」
杯に気付かないチョンアは振り返った。
「杯があるわ。………私はここで待ってるから中を見て来てちょうだい」
「っ?!………分かりました」
チョンアは慎重に裏口から中へと入っていった。