世子様に見初められて~十年越しの恋慕


輿の揺れが止まった。
ソウォンに緊張が走る。
ごくりと生唾を飲み込むと、静かに扉が持ち上がった。

「降りろ」

濁った太い声と共に、鋭い剣先が向けられた。
世子様との関係を知ってるという事は、手荒な真似はしないはず。
そう思ったソウォンは、ゆっくりと輿を降りた。

武装した男が数人。
布で口元を覆っていて顔はよく分からないが、鋭い目つきや声の特徴は把握出来る。
誘導されるままに歩いて行くと、古びた小屋に辿り着いた。

「中に入れ」

有無を言わさぬその声に恐怖を感じながらも、ソウォンは必死に冷静さを保つ。
縄で後手に縛られ、身動きが取れない。
部屋の隅に追いやられたソウォンは、奥歯をギュッと噛み締めた。
すると、武装した男達の背後から、両班の格好をしたやせ型の男が一人現れた。

「この女か?」
「はい」
「両班の娘なら、大人しく屋敷に籠っていればいいものを……」

嘲笑するかのように鼻を鳴らし、ソウォンの目の前に腰を下ろした。

「さて、この綺麗な顔に傷が付いたら、世子はどんな顔をするだろうな」

ひんやりとした指先でソウォンの顎を左右に振る。

「それとも、生娘でなくしてしまえば、奴は絶望するか」

不敵な笑みを浮かべた男は、ソウォンのオッコルム(チョゴリの紐)に手を掛けた。
さすがに危険を感じたソウォンは体を捻り、胸元を背後の壁の方へと向け、必死に抵抗する。

スッと解かれたオッコルム。
上半身を縄で縛られている為、チョゴリがはだける事は無かったが、万事休すを脱したわけでは無い。

「何だ、その眼は」
「っ……」

無意識に男を睨みつけてしまったお陰で、その場に乾いた音とドスッとした鈍い音と、そして、ソウォンの呻くような声が響く。
叩かれた左頬が熱を帯び、衝撃を受けた右肩に鋭い痛みが走った。

「いつまでそうやってお高く留まれるか見ものだな」

男は冷笑しながら立ち上がり、部下に耳打ちする。

「承知しました」

その場を後にした男共は、戸に鍵をかけ、見張り役を残して立ち去ったようだ。

何とかして、ここから逃げなくちゃ……。


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