世子様に見初められて~十年越しの恋慕


「チョンアッ、早く早く!」
「お待ち下さいませっ……」

撫子の刺繍が施されたコッシン(刺繍が施された絹の靴)が見えるほど、両手でチマを持ち上げ足踏みしているソウォン。

「お嬢様っ、そんなに急がなくても……まだこんな時間です。終わったりしませんよ……」
「分かってるわ、そんな事。でも、少しでも早く行かなくちゃっ!」
「………お嬢様」

黒目がちの大きな瞳で熱のこもった視線を向けられては、返す言葉もない。
日中に仕入れた品々の帳簿を纏めていたチョンアだが、渋々筆を置き、出掛ける支度を始めた。

「お嬢様、これをお忘れですよ?」
「あっ、そうだったわ」

チョンアはソウォンの頭に薄手の絹布が垂れ下がっている笠(帽子)を被せた。

商談の取引の際は正体を隠すため男装をしているが、それ以外の時は本来の女性の格好をしているソウォン。
両班の娘であることも、大提学の娘であることも、勿論、月花商団の大行首であることも隠さねばならない。
素性を隠す為、顔を隠して夜の市場へと向かった。


日が沈み、妓房や酒場が賑わいを見せている。
ソウォン達はとある酒場の個室で食事をすることに。

卓上には山盛りのタッコチ(鶏串)、チョッパル(豚足)、コッケチム(ワタリガニ蒸し)、ナクチポックン(タコ炒め)、キムチ(沈菜)、ピンデトッ(緑豆のお好み焼き)が並び、両頬を膨らませ次々と皿を平らげるソウォン。

「チョンアっ、それ要らないの?じゃあ、私が貰うわね!」
「………お嬢様」

見た目とは正反対に、ソウォンは豪快にチョッパルを口に運ぶ。
幼い頃から活動的だった為、人一倍食欲も旺盛なのだ。



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