世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「記憶にあるのは、先帝とよく集玉斎で囲碁をした思い出ばかりだが…」
懐かしむように顎髭を指でなぞる。
「それにしても、よくこの短期間でここまで辿り着いたな」
「はい。ソウォン様には本当に驚かされるばかりです」
「さすが、ジェムンの娘だ」
王の旧友でもあるソウォンの父ジェムン。
幼い頃から神童と言われ、鬼才ぶりは今尚健在で、清国との関係を平和に保っていられるのも彼のおかげ。
青年だった頃に清国に留学し、皇帝の悩みを何度となく解決した逸材。
その時の恩を三顧の礼として小刀、玉佩、筆を賜った。
ジェムンの身に何か起きた時は、それを提示すれば皇帝の礼とする事が出来るという。
それほどまでに、皇帝の信頼は厚い。
そんなジェムンを誇りに思っている。
※ ※ ※
居所に戻ったダヨン。
女官達を下がらせ、休む用意をしていた、その時。
一瞬、殺気のようなものを感じた。
北の小窓を開け、外の様子を伺う。
辺りは静けさに包まれ、変わった様子はない。
気のせいかと思った矢先、金属音が耳に入った。
翌朝の支度を用意しているシビに耳打ちし、ダヨンは素早く衣を纏う。
シビもすぐさま気配を殺し、部屋の蝋燭を消す。
小窓から漏れる月明かりで手早く身支度した二人は裏戸から外に出て仲間を呼ぶ。
ダヨン達は人目を避けながら咸和堂に向かった。
※ ※ ※
禁足地になっているはずの咸和堂一体に、刀がぶつかる音が響く。
襲撃に気付いたソウォンは、暗号が書かれた紙を胸元にしまう。
そして、護身用の小刀を手にして身構える。
多少なりとも剣術の心得はある。
けれど、実践力には些か不安。
ソウォンは息を殺して部屋の隅にいると、小声で自分を呼ぶ声がした。
「お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫です」
「安全な場所にお連れします」