世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「三十両!」
落札を告げる銅鈴の音が響き渡った。
ソウォンのもう一つの顔。
全国各地に点在する商団の支所から報告を受け、国の情勢を把握しているのだ。
すると、あちこちから闇の奴隷市場(奴婢の人身売買)が存在するという報告を受けたのだ。
女であるソウォンはどんなに勉強しても官吏になる事も出来ず、悪事を働く者を罰する事が出来ない。
せめて一人でも多くの人を救いたい……そう心に強く思っていた。
大行首として各所を廻る際に闇市場へと足を運び、出来るだけ多くの者を救って来た。
そして、その者らを商団で働かせ、自立出来る手助けをしているのだ。
翌日、漢陽へと戻る道中、ほんの少し遠回りして向かった先は……。
「チョンアッ、凄いわ!見てみてっ、サンシュユが満開よ~!!」
辺り一面黄金色に輝く苑。
みずみずしい甘い香りを漂わせ、そよ風を運んで来る。
ソウォンの長い髪が風に揺れ、心地よい春の知らせを感じていた。
「綺麗ですねぇ、……お嬢様」
久しぶりの遊山とあって、チョンアはうっとりと見惚れている。
ソウォンはユルに向け人差し指を口元にかざし、愛らしく微笑んだ。
小さく頷くユルを横目に、ソウォンは両手でチマを持ち上げ、駆け出した。
小さい丘の上に大きなサンシュユの樹があり、その根元にそっと腰を下ろした。
うららかな春の陽ざし。
サンシュユの甘い香りに包まれ、ソウォンは旅の疲れからか、心地よい眠りへと誘われていた。