世子様に見初められて~十年越しの恋慕
王の目に涙が滲む。
三十年もの月日が経ったのにもかかわらず、つい先日の出来事のようで胸が痛んだ。
王はヘスに血書を手渡し、ヘスはそれを読み上げた。
ざわめく室内に王の嗚咽に似た声が響く。
「そなたに預けた物はあるか?」
王の手がソウォンへと差し伸べられる。
何のことだか分からず、ソウォンは一瞬唖然としてしまった。
預けた物?
ソウォンは物凄い速さで記憶を辿った。
「あ」
ソウォンは首に掛けられた革紐を指で摘みあげ、胸元から取り出す。
トルパンジと共に革紐に通された物こそ、王から数日前に託された物である。
端に彫刻が施され、くり抜かれた部分に革紐を通してあるのだ。
王が託した事によって、ソウォンが王命を受けた証にしたのだった。
王は箱から取り出された筒に、ソウォンから手渡された物を差し込む。
筒の中には小さな文字で書かれた公主の文が入っていた。
『兄上様
この文を読まれているという事は、もうこの世に私はいないのでしょうね。
この文を書くニ月ほど前、舞妃(国王の側室:先帝の側室)様の香油を分けて貰う約束で寝所に伺うと、見かけぬ尚宮が櫛に細工を施しているのを見ました。
その事を誰にも言わずにいたのですが、それから半月ほどしたある日、舞妃様が病に伏したと聞き、内密に調べた所、髪が殆ど抜け落ちてしまう病だと。
原因不明だとされましたが、明らかに毒による物だと思います。
心労から眠れぬ日々が続き、ここ数日心の臓が痛みます。
いつ心の臓が止まってもおかしくない状態らしく、生きているうちに分かることを記しておきます』
王の手が震え、涙が頬を伝う。
「父上」
ヘスは震える手にそっと手を添え寄り添う。
王が二枚目の紙に視線を落とすと、領議政は辺りを鋭い目つきで見回す。
そんな素振りをジルが見逃す筈がない。
すぐさま全ての出入口を封鎖し、勤政殿の周りに禁軍を配置させた。