世子様に見初められて~十年越しの恋慕
『ミン尚宮に調べさせた所、舞妃様の櫛に塗られていたのは、安息香や丁子や桂皮といった香の類で、香りは勿論のこと鎮静効果もあるので安眠や頭痛などにも効果があり、防腐剤としても使用される為、多量に使用すると皮膚に刺激を与え得る。
香として少量使用するだけでも作用する為、直接肌に触れる櫛などに濃度の高い成分が付着していれば、皮膚への刺激は言うまでもない。
例え生薬だとしても、悪意をもって多量に使用すれば毒となり得る』
舞妃は西域(インド周辺)の出自の為、香を他の妃達よりも好んでいた。
そんな事もあり、当時はあまり深刻に捉えていなかったのだ。
『私は生まれながらに心の臓が弱く、城の外の世界を見るのが夢だと舞妃様に話した事がございます。他国から和平の為、貢婚として来られた舞妃様とは籠の中の鳥のような境遇が似ており、兄上様とヨンギル様以外で唯一心を許せる御人です。そのような心通わせれる御人だからこそ、あの謀り事を目撃する事となりました』
公主の筆が徐々に震えているのが見て取れる。
迷いに迷って闇に伏せる事も出来たであろうに。
『兄上様、どうか弱き者の声に耳を傾け、安寧の世を築く聖君と御成下さいませ。いつでも兄上様を見守っております』
閉じられた王の双眸から涙が溢れ出す。
『ヨンギル様、膝の具合は如何ですか?幾ら書物がお好きとは言え、お体を壊さぬ程度に。今世でのご縁はここまでのようです。一足先に来世でお待ちしております。どうか、素晴らしい忠臣となりますように』
公主の遺書とも言える文はもう一枚綴られていた。
だが、誰かに宛てた文では無さそうだ。
ヘスは詩のような文を王に見せると、王の瞳が涙の奥で揺らいだ。