世子様に見初められて~十年越しの恋慕
※ ※ ※
「お嬢様っ、着きましたよ」
ソウォンを乗せた駕籠(カマ:かご)は建春門前で停止した。
チョンアはソウォン付きの女官として一緒に入宮する。
慣れた手付きで駕籠の扉を持ち上げると、緊張した面持ちのソウォンが姿を現した。
「チョンア」
「はい、お嬢様」
「やっぱり何かの間違いだと思うから、帰ろう」
「また始まった…」
再び駕籠に戻ろうとするソウォンの腕を掴み、門の入口に待機している女官の所へと連れてゆく。
「大提学のご息女、ソウォン様ですね?」
「…………はい」
「保姆(ポモサングン:女官の管理職、教育係の尚宮)のイム・スヨンと申します」
「侍女のチョンアと申します」
「本房尚宮(ポンバンサングン:世子嬪が婚姻で王宮に入る際に身の回りの世話をする為に実家から連れて来た侍女)になる人ね」
「宜しくお願いします」
チョンアは後ずさりするソウォンの背中を軽く押す。
「ここまで来て帰れるとお思いで?」
「…………」
保姆尚宮に見られないように背を向け、チョンアはソウォンのオッコルム(チョゴリの結び紐)を直すふりをして眼で釘を刺す。
「入宮する際には幾つか決まりごとがあります。まずは金糸未断(クムサミダン:生娘であることを証明する儀式)を…」
イム尚宮はソウォンのチョゴリの袖を捲り、腕の内側にオウムの血を一滴垂らした。
「可」
何が起きたのか分からずソウォンは唖然としていると、綿布で拭き上げられた。
「生娘かどうかを調べるものです、媽媽(ママ:王族など高い身分の人に使われる敬称)」
「媽媽?」
入宮するだけでも厳しい掟があるのは承知しているソウォンであったが、王族との婚姻となれば更に厳しい。
それが、次期国王となる世子の妃となれば、想像を遥かに超えることも十分予想される。
ソウォンは一気に不安と恐怖に襲われた。