世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「こちらへ」
イム尚宮の後を追うようについていくと、門をくぐる際に真ん中に鉄釜の蓋が置かれていた。
「こちらを踏んでお入り下さい」
「……はい」
ソウォンは覚悟を決め、蓋のつまみ部分を右足で踏み門をくぐった。
健春門は景福宮の東の正門な為、入ると直に東宮殿があるのは知っている。
十日程前に身を潜めた場所だ。
世子様の姿が見えたわけでもないのに、王宮内に入ったというだけで胸が高鳴る。
一歩また一歩と東宮殿に近づくにつれ、ソウォンの心の臓はけたたましく鳴り響く。
右手に東宮殿へと入る門があるのに、イム尚宮はそのまま真っすぐ歩き続ける。
何処へ向かうのだろう?
ソウォンは伏目がちで振り返ると、物凄い形相で睨みつけるチョンア。
「王命だという事をお忘れなく」
「分かってるわ」
隙あらば逃げ出すんじゃないかと心底心配しているチョンア。
ソウォンの両親から、くれぐれも粗相のないように!と仰せつかっている。
ここは王宮。
屋敷とは別世界だという事を自覚して欲しくて、チョンアは鋭い視線をソウォンに向ける。
*****
丕顕閣(ビヒョンカク:世子の執務室)で上奏文の仕分けをしているヘス。
心ここにあらず状態で執務が全く捗らない。
「コン内官、もう到着した頃か?」
「嬪宮様ですか?」
「他に誰が来ると言うのだ」
内官の返答にイラっとするヘスは、上奏文を机に叩きつけ睨みを利かす。
「二刻ほど前に健春門より入宮されたようですよ」
「はっ?!何故それを今頃になって言うんだッ!」
「はい?」
「来たなら来たで、何故報告せぬ」
「報告するよう仰せつかっておりませんが」
「何だとッ!」
普段は温厚な世子だが、今日ばかりは余裕がない。
待ちに待ったこの日を、今か今かと指折り数えていたのだから。
「もうよいっ!残りはお前がしておけっ!」
ヘスは勢いよく立ち上がり、部屋を後にした。