世子様に見初められて~十年越しの恋慕

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「では、内命婦(ネミョンブ:後宮のこと)のことはこちらに詳しく記されておりますので後でお目通しを」
「はい」

含元殿(ハムォンジョン:交泰殿の西後方に位置し、王と王妃が仏事をする為の殿閣)で今後の予定を説明されたソウォンは完全に放心状態に。
国婚の儀までの数日、予定がびっしりと取り決められているのだ。

本来ならば正殿から離れた場所にある空いている殿閣に入宮した妃候補者などを受けれるのだが、世子たっての希望で目の届く殿閣にとの事で、急遽王妃の殿閣の敷地内のここ含元殿に決まったのだ。
これは特別なことであり、王の粋な計らいでもあった。


「媽媽?」
「………」

媽媽?
誰が?
私が?
聞きなれない呼び名に違和感を覚え、辺りを見回す。
やっぱり、私に対して……なのね。

屋敷を出る際に自分自身に言い聞かせて来たつもり。
中身は何一つ変わってないのに、門をくぐっただけで別世界に来てしまったかのようで。
慣れるまでは時間がかかりそうだ。

「では、王宮内をご案内致します」
「………はい」

本人の意思とは関係なく、物凄い勢いで時が流れているようだ。
ソウォンは盛大な溜息を溢す。

ソウォンはイム尚宮の後を追い、庭先へと出た、その時。
視界の片隅にこちらへと向かって来る人を捉えた。
一瞬で胸の奥がきゅっと摘ままれるような。
それでいて、視線を逸らせなくなってしまうほどに…。

王宮内に入って不安が増すばかりのソウォンが、今一番逢いたいと心の中で願っていた人物。
夢なのか現実なのかも分からず、瞬きもせずに見入っていると、体に軽い衝撃を受けた。

一言も発しず視界が遮られたのに、白檀の香りに包まれただけで嬉しくて嬉しくて……。

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