世子様に見初められて~十年越しの恋慕
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『殿下、最後に合巹礼(ハプクンネ:婚礼の際に杯を交わすこと)の杯を~』
資善堂(ザソンダン:世子夫妻が生活する殿閣)の一室、嬪宮の居室に設けられた婚礼の膳。
部屋の外に待機している女官が儀式の流れを指示する。
ヘスは二人分の杯に酒を注ぐ。
これを交わせば……。
静かに杯を持ち上げ、ソウォンに視線を向ける。
ソウォンはかなり緊張しているようで、手にした杯がふるふると震え、今にも杯から酒が零れ出しそうだ。
両手で必死に持つ華奢な指。
その手でさえ愛らしく思える。
そっと彼女の手を支えるように手を添えても一向に震えが止まらない。
どうしたものか。
「ソウォン?」
「す、すみませんっ」
返答する声まで震えているではないか。
そんな事さえ堪らなく愛おしくて…。
無意識に笑みが零れる。
初めてなのだから当たり前。
普通の婚姻でさえ緊張するであろうに、ここは王宮。
しかも、戸の向こうに何人もの女官と内官が控えている。
遮るものはたった一枚の戸のみ。
緊張して当然だ。
『世子様?』
「問題ない」
何か問題が起きているのではないか?と心配した女官が戸越しに声を掛けて来た。
すぐさまヘスは返答し、何事も起きてないかのように振る舞う。
そして、自身の杯を飲み干し、ソウォンを見つめ小さく頷く。
“杯を私に”と。
ヘスはソウォンの手から杯を貰い、それを口に含んだ。
そして、祝膳の台を横に退かし、ソウォンの腕を引き寄せた。
最高級の絹地で誂えられた翟衣は滑らかで、スーッとヘスの方へと。
膝頭がこつんと当たり止まると、ヘスはソウォンの腰に腕を回し抱き留めた。
ヘスは紅桃色に染まるソウォンの美唇に口づけ、酒を口移しした。
唇を離したヘスは満足そうに自身の濡れた唇を指先で拭う。
そんなヘスを見据え、ソウォンは頬を赤く染めた。