世子様に見初められて~十年越しの恋慕
感触を確かめるように何度も行き来した親指は、ゆっくりと顎へと位置を変えた、次の瞬間。
少し強引にぐいっと持ち上げられた。
自然と絡み合う視線。
真っすぐと見つめられては、逸らすことも出来ず。
異常なほどの早鐘を打つ心の臓が、今にも口から飛び出て来そうだ。
「そろそろ行かねばならぬ。ここで私と会ったことは、誰にも言うでないぞ?」
「………………はい」
魂の抜けたような声が口から吐き出されると、世子は満足そうにフッと口元を緩めた。
白檀の香りを纏う大きな影がゆっくりと降って来る。
逃げる事も突き飛ばす事も出来ず、ソウォンはどうしてよいのか分からず、無意識にぎゅっと目を瞑った。
そして、ソウォンは金縛りにでも遭ったかのように身動き一つ取れずにいると、額に柔らかな感触が。
全身が蕩けてしまうのではないかというほど熱く、雲雀のさえずりもサンシュユの葉音さえも聞こえぬほど、気が遠のいて………。
「……様っ、お嬢様っ!………しっかりして下さいっ!!」
「ッ?!」
どれほどの時をそうしていたのか分からない。
気付けば、チョンアが肩を揺らしていた。
「どこ?…………ねぇ、どこ?」
「へ?お嬢様っ、大丈夫ですか?お気を確かに……。頭でも打たれたのですか?私が誰だか、分かりますか?」
辺りを見回すソウォン。
さっきまでいた筈の人の姿がどこにも見当たらない。
必死に探すソウォンを心配そうに見つめるチョンアとユル。
けれど、ソウォン達の他には誰も見当たらなかった。
ソウォンは胸元にそっと視線を落とすと、そこには黄金に輝くトルパンジがあった。
やっぱり、夢じゃない。
夢じゃなかったんだわ。
ソウォンはトルパンジをぎゅっと握りしめ、ゆっくりと瞼を閉じた。
すると、ヒュッと春風が吹き、あの人の残り香である白檀の香りが鼻腔を掠めて行った。