世子様に見初められて~十年越しの恋慕


巳時(サシ:午前九時から午前十一時)の刻。
約束通り、世子とその護衛の者らがソウォン達が泊まる水蛇商団へと現れた。

「傷の具合はどうだ」
「はい、……お陰様で大分良くなりました」
「そうか、無理はするな」
「………はい、世子様」

ヘスは何事も無かったかのようにソウォンを気遣う。

「時間が無い。本題に入るとしよう」
「……はい」

ヘスは一呼吸置いてから、事の次第を整理し始めた。

「甕の中身はやはり回青だったな。しかも、清国から持ち込まれた物ではなく、明らかにここ数日で粉砕されたものだという事が分かった。更には、水蛇商団と審薬は無関係という事が分かったという訳か」
「はい」

ユルが密かに調べた結果、先月末から審薬が病で床に臥している為、現在は審査は行われていないという。

「そもそも、王宮に納められる薬剤で甕に入れるような物はございません。初めから誤魔化す為の嘘に過ぎません」
「……だろうな」
「だとすると、誤魔化す為の何かがあるという事です」
「………ん。そなたはどう思う?」

ヘスはソウォンを真っすぐ見据えた。

「回青はかなり貴重な物でございます。また、その存在や価値を知る者はごく限られた者しかおりませんし、従来の流通でない経路が存在するとなると、相当の権力を持つ者の仕業という事です」
「どういう事だ」
「清国から持ち込まれている回青の量はかなり限られている為、あれほどの量を売り捌くとなると、それ相応の力を持つ者という事になります」
「……なるほどな。必ずしも我が国だけではない………そういう事か」
「………はい、世子様」

回青は倭国でも取り扱っている。
朝鮮で取引するとなれば、すぐに足がつくだろう。
そうなれば、利益を得るどころか、己の命さえ危ぶまれる。


< 53 / 230 >

この作品をシェア

pagetop