世子様に見初められて~十年越しの恋慕


「そなたは医術の心得があるのだな」
「…………心得というほどではありませんが、…………こんな時の………為に……っ」
「………すまぬ」

ソウォンの衣の上に一滴の涙が零れ落ちた。
チョンアは頬を伝う涙を拭い、大きく息を吐く。

「申し訳ございませんが、体内に滞る瘀血を改善させねばなりません。鍼と灸を施したいので、大変恐れ入りますが、席を………外して頂けませんでしょうか?」

世子に対して席を外せなどと口にするのは、死罪に値する事は百も承知。
それでも、一刻も早く手を打たねば命の保障は無い。
それほどに深刻な状況である。

チョンアは持参した荷物の中から紙に包まれた生薬を取り出し、練り始めた。
視線も合わせず、焦る姿から事の状況を把握したヘス。

「私に何か出来る事はあるか?どんな事でも構わぬから申してみよ」
「…………では、湯と綺麗な木綿の布をご用意して頂けますか?」
「湯と木綿の布だな」

ヘスは小さく頷き部屋を飛び出した。
ユルはヘスの後を追い、室内にはソウォンとチョンアだけ。
部屋の外でヘスの声が響く中、チョンアはソウォンの上衣を脱がせ始めた。




三日三晩付きっきりで看病するチョンア。
その顔からは疲労感が滲み出ている。

チョンアは籠を手にして部屋の外へと出た。

「ユル、世子様は?」
「先ほど護衛の者を連れて何処かへ出掛けたようだ」
「……そう。ちょっと洗濯して来るから、お嬢様をお願い」
「ん、分かった」

チョンアは洗濯場へと急いだ。
籠の中は、真っ赤な血で染まった木綿の布。
体内に蓄積した瘀血を月のものとして排出させたのだった。


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