世子様に見初められて~十年越しの恋慕
「実は私も漢陽へ戻るのだ」
「えっ?」
「そなたのお陰で本来の目的をも果たせたゆえ、王宮に戻る事になったのだ」
「左様にございますか」
貴い命を懸けてまですべき事が果たせたと口にしたヘス。
それが悪い事なのか、良い事なのかすらソウォンには分からない。
けれど、表情からして、納得のいく結果を得られたのであろうと思えた。
ヘスの元を発つ前に挨拶をしようと思っていたが、こうして顔を合わせたのも何かの縁。
ソウォンは改めて深々とお辞儀をした。
「世子様、この度は大変お世話になりました。この御恩は決して忘れません」
「何を申すのだ。世話になったのは私の方だ。そなたのお陰で、洪水の原因も突き止める事が出来た。礼を言う」
「洪水………ですか?」
「あぁ、そうだ。実は王命を賜り、密かに調べていたのだ。それに、そなたには命を救われた。この恩は何で返せばよいものか……」
「恩などと………とんでもありません。当たり前の事をしたまでです」
「それでも、何もせずにはゆかぬ。王宮に戻り次第、王様に報告した後、改めて礼に参るゆえ」
「とんでもございませんっ!両班の娘が法事でもないのに地方に出向いたとなれば、大問題です。どうか、ここ数日の出来事はきれいさっぱりお忘れ下さいませ」
「そうは申しても……」
ヘスは思案に暮れた。
初恋の相手に再会しただけでなく、命まで救って貰ったのに、何もしてやれる事がないとは……。
無意識に溜息が漏れ出した、その時。
「世子様」
「ん、何事だ」
「馬の準備が整いました」
「そうか」
戸越しに親衛隊隊長のヒョクの声がした。
ヘスはゆっくりと立ち上がると、何か良い手立てを思い立ったようで、僅かに笑みを浮かべた。
そして、入り口付近に纏めてある荷を手にして、ソウォンの方に振り返った。
「では、一緒に参ろう」
「はい?」