世子様に見初められて~十年越しの恋慕


「ソウォン、平気か?」
「………はい」

耳元にヘスの声と共に吐息がかかる。
更には背中越しにヘスの体温が伝わって来た。

ソウォンを抱えるように前方に乗せたヘスは、手綱をしっかりと手にして、ヒョクに合図を送る。

「行くぞ」

放心状態のままソウォンはヘスの馬に乗せられ、気が付くと白檀の香りに包まれていた。


上常山城の正門、控南門(コンナムムン)を後にし、一行は漢陽へと向かった。

春らしい日差しの中、颯爽と風を切り、軽快に北上する。
その乗り心地は空を飛んでいるかの如く、爽快だった。
今までこんな風に、馬と一体になって走った事があっただろうか?
それほど、ヘスの愛馬は最高なのだ。

「ソウォン、辛くないか?」
「…………大丈夫です」

時折、傾げながら顔を近づけ、ソウォンの耳元に語りかけるヘス。
その声音は常に優しく、そして温かい。

白檀の香りに包まれる事にも次第に慣れていき、妖術にでもかかったかのように心地よく感じていた。


城門近くになった事もあり、ソウォンは自分の馬に乗ると申し出たのだが、ヘスに却下されてしまった。
笠を被っているのだから気にするなと言う。

ソウォンにしてみたら、笠を被っているかどうかではなく、世子の馬に乗っている事自体が問題なのだ。
何処の馬の骨とも知らぬ娘が、世子の馬に乗っていたとなれば、すぐさま都中の噂になってしまうだろう。
それこそ、両親の顔に泥を塗ってしまうのではと気が気ではない。
かと言って、世子に楯突く事など許されず。

ソウォンは固く目を瞑り、顔を伏せ、自分は悪い夢を見てるのだと必死に言い聞かせていた。


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